菊池 定則  (きくちさだのり)

群馬県前橋市在住 1922年(大正11年)生まれ。 当会理事

1942年(昭和17年)12月、旧満州奉天省海城関東軍340部隊(山砲)に現役入隊。

1943年(昭和18年)甲種幹部候補生。肺結核のため入院、海城病院、奉天、釜山広島、名古屋、岐阜傷痍軍人療養所を経て昭和19年現役免除、陸軍1等兵。

▲国策で東京高師傷痍軍人教員養成所を経て815敗戦


▲ひとこと

昭和
19年に傷痍軍人として内地送還。これで生き残った。同僚の大半は戦死、戦病死。わたしには戦友会はない。当時としては不名誉極まりない傷病兵として生き残った。戦死した戦友は何も語れない。生き残った私はこの分まで語り戦争国家に戻してはならないと毎週街頭に立っている。この苦難を殺せる人間にする初年兵教育『初年兵』にまとめ出版した。